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無慈悲!無慈悲!

kid

上手いこと言ったもんだぜ。

 

・高校時代に飛行機で沖縄に行ったときのこと、「うぇーい!」って感じの男子が、無事に沖縄に着陸したときに拍手をした。無事に着陸した事実に向けてか、パイロットに向けてか、これからの旅行にテンションが上がってのものか、よく分からない拍手だった。その拍手は学年の男女を巻き込み、学校とは関係ない人にも拍手を促した。

 修学旅行が終わり帰宅後、拍手が起こったことに少し驚いたので、帰ってその出来事を父に話すと、「それは普通だよ。無事着いたんだもの。」と言った。父のトーンが「普通でしょ?」といった雰囲気で、それも印象的だった。(私がしたかは覚えてないが、多分した。テンション上がってたし。いや、してないかも。ちょっと斜に構えてたし。)

 

・先日偶然が重なり博多に行った。(博多での出来事は、書くには面倒だから割愛。)羽田空港から福岡空港までを移動するのに、久しぶりに飛行機に乗った。先述の出来事を思い出しつつ、飛行機に乗った。平日だった。周りの人がサラリーマンばかりだった。ビジネス書を読んでる人、パソコンで設計図を書いている人、寝ている人等、色んな人がいた。

 ただ、着陸した時、拍手をする人はいなかった。俺もだ。

 

・いつからか、喜びを昔に比べて人前で出さなくなった。というより、喜びの瞬間的な熱量が少なくなった。「うわー! 着いた!」みたいな瞬間的な拍手が出来なくなった。

 加えて前より、上手く喜べなくなった。空気読むと、素直に喜べないときあるじゃん。あと、好きなことを好きっていうのって、めんどくさい時あるよね。

 

・喜びの熱量と、怒りの熱量、子供の頃は同じ位だったっけな、覚えてないけど多分そうな気がする。あの頃より肉体的には成長した。経験も積んだ。喜びの後にはそれが消えてしまう悲しさや喪失感を覚えた。喜びよりも怒りの感情の方が自身を揺さぶるようになってしまった。ディズニーランドに行ったときの喜びよりも、一緒に行った相手と喧嘩した時の感情の方が、勝つ場合が多いよね、多分。

 ただ、同時に怒りの熱量は上手くコントロールしようと思っちゃうな。怒るのが面倒くさくなってきたな。怒って人と衝突して、変えようとするより、自分が離れるか自分が変わるかになっちゃったな。それが良いことか悪いことかは知らない。

 最近、人間良いところも悪いところも、一長一短だな、と気づいた。自分が自分のこと好きならそれでいいんだな、って思うようになった。あと、人とのコミュニケーションは人同士が合うか合わないかなんだな、ってことにやっと気づいた。

 

・色々考えると、喜怒哀楽含めて感情が揺さぶられてた方が人生は退屈しないけれど、影響力も大きい。上手く付き合っていきたいものだな。喜ぶ人は時々めんどくさいじゃん。怒る人は嫌だけど、その人のことを知れる気がするし、なんか信用にも繋がるじゃん。

 ただ、怒りっていう人の自尊心に害を与えるものが信用に通じるなんて、皮肉かもな。

 感情は苦手である。自分のも、相手のも。めんどくさいし、考えちゃう。

 でも、めんどくさいことが魅力になるところってあるよね。途中で耐えられなくなることも多いけど。

 ちょっとめんどくさい子供って、可愛いときあるじゃん。「うぇーい」みたいに。

 

 P.S.あんまり関係ないんですけど、帰りの飛行機の搭乗待機が苦手。なんかやり残したことがある気がしちゃう。