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無慈悲!無慈悲!

宇多田ヒカル見に行ってきた

 

色々書きたくなったので書く。

 

・タイトル通り、Laughter In The Darkツアー、見に行ってきました。

 (先日ツイ消ししたんですけど、見た人いますかね。確か「聞きたい曲あんま聞けなかったけどよかった~宇多田ヒカル~」って文と一緒に終演後のさいたまスーパーアリーナの閉まった売店の画像を貼っつけためっちゃつまんないツイート。全然正確なこと言えてなかったし、画像が超つまんなかった(一緒に行った知人のトイレを待ってた時に撮影)から、消した。宇多田ヒカルに対して失礼だと感じた。)

 自分の思いとか気持ちを正確に言おうとすると、長文になるよね。というわけで比較的長い文で書くわけです。前提として私は宇多田ヒカルちゃんと聞いてる訳じゃないです。アルバムもちょくちょく聞いてて、比較的好きなアーティストに入るー、位。

 

・端的に言うと宇多田ヒカル、ライブの感想として「聞きたい曲を聞けた訳じゃないけど、それでも尚よかった。むしろライブでやった曲から派生してちゃんと聞く曲が増えた」という感じです。やんなかったけど、地味に生活に侵食してきます。長くなっちゃうので、First Loveと初恋について、感じたことを書きます。ちょっとネタバレ含みます。

 

 

・やっぱりライブで印象的だったのここですよね。First Love→初恋の流れ。やってくれたぜ。

 改めて歌詞読んでみて考えたこと。なんかここに言及してる人そんなにいなかったと思ったのもある。(実際言うと諸々怖いからそんなに他の人の批評読んでない...)

 まず英単語的な疑問。Loveは恋、愛なのに、First Loveは辞書で調べても初恋って意味しかない。愛どこにいったんだよって考えちゃう。(そう書いてある辞書あったら教えて下さい)

 そこからも、「First Loveは恋よりの愛、初恋は完全に恋を主題にしてる」って私考えました。

 First Loveってなんとなく相手の人間像が見えるっていうか、双方向の話な気がする。例えば、歌詞を引用すると「いつか誰か""また恋に落ちても」という所からも、相手も自分に恋をしてたということが分かる。相手とキスした、って事実も然り。

 でも初恋は全然違う。終始自分の中での気づきで歌詞が構成されている。自分から相手へ、気持ちが募っていく「初めての恋」って印象がある。多分相手が明確に示されてる描写で唯一あるのは「小さなことで喜びあえば 小さなことで傷つきもした」っていう部分だと思うんですけど、事実ではなく心情で相手と触れ合ったっていう事実が足されている気がするんですよね。誰かが「「宇多田ヒカルの『人は分かりあえないのが前提だけど、たまに心が触れ合う瞬間を描いているようで凄い』」って言ってた記憶があるんですけど、そういうことな気がします。

 それで、もしFirst Love10代の宇多田ヒカルが「人として最初の恋と愛」をテーマにしてたんだとしたら、30代の宇多田ヒカルが「人として最初の恋」を歌ってるんですよ。それで、子供も産んで、多分、否、確実に愛を知ってしまったはずの宇多田ヒカルが「恋」をテーマに歌ってしまうんですよ。愛を知った上で、恋を再解釈って凄くないですか?? これ絶対誰か言ってると思うんですけど!!

 

・ライブ終わって数日。「好きって凄い熱量持って言える」というより、めっちゃ宇多田ヒカル聞いちゃう。ライブ行ってよかったです。生涯聞けそう。チケット当ててくれた、知人ありがとう。相変わらず、まつげがめっちゃ綺麗だった。

 

P.S. 今読み返して思ったけど「相手との喜びや傷つきの共有は愛にも繋がるな」って思った。

 一筋縄でいかないことも、いいですよね。分からない、ということも、素敵ですよね。