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無慈悲!無慈悲!

天才を享受したい

「私たちは才能を求めている。才能から産み出される結果が欲しいからだ。同時に、才能を育てることはあまりしたくないのだ」と、稀より多く、時折より少ない頻度で考える。

 

・私たちには才能がある。才能と周りから言われるものがある。(それを自己肯定出来るかはまた別の問題。)


 ただ、それを世間的に言う「役に立つ」に変えるには、数多の犠牲だったり、相手に迷惑をかけてしまう行為が必要だったりする。でこぼこしてるものを丸くする際には、時間とか「やすり」が必要だったりする。ただ、私たちは「やすり」側に回ることを率先して行えない場合が多いのだ。

 

・事業をするためには資金が必要だし、資金がない事業はえてしてサービスが不足する。痒いところに手が届かない。資金を出して、事業が成功するかは不明瞭。「そのリスク、背負えるのかい」と、ずっと語りかけてくる。


 私たちは才能を育てるより、得られる結果を享受したいのだ。自身の才能は「やすり」側に回った人たちの結果なのだ。その人たちを背負っていかねばならぬ。屍をしかと見て、前に進まねばならぬ!すまぬ!

 

 

悔いが募ったとて、進まねば悔いで終わったりする、動かねばならぬ!

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