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無慈悲!無慈悲!

人の声より自分の声を聞くのだ

「幸せってなんですかね」っていう台詞が最近見た映画にあった。「聞くな!」と答えたくなった。

 

・幸せは定義するより感じた方が早いものだろうし、人生浮き沈みあるのだし。考えることは多々あれど、何より、映画が恋愛の話だったから「恋愛で幸せを定義するようになると、他人に幸せを求めてるのだからキツイだろうなー」と思ったりもした。まぁ、他人に愛される、必要とされるっていう経験が出来る以上、人にとって恋愛が大きなファクターになりやすいのは分かるけど。

 

・登場人物が大体自分のことより相手のことを考えていた。
 自分のことを考える人もいたけど、その人はなんか終始「自分は幸せじゃないな」って考えることがなさそうだった。危うくないというか。そういえば、他のメインの登場人物、ほぼ危うい人だったな。なんか見てて「うわー! 不安定不安定!」ってずっと思ってた。

 相手のことを考える人は、自分のことをあまり考えてない、っていうのはまぁありえる話だと思う。自分のことを考えない人は、自分の声を聞くという時間が少なくなってしまう。そうすると、自分の声がだんだんと聞こえなくなってくる。自分がどうしたいのか、なにをしたいのか、とか。なにをすべきか、が他人前提になってしまったりする。(ベイビーステップでそこらへんすごい心に残る感じで描いてた気がする。)

 

 ああいう時、どうすれば自分の声聞こえるようになるんだろうね。難しいよね。

 

・色々書いたけど、見た映画は「愛がなんだ」です。なんか、色々言いたくなる映画でした。見た知人が「『良かった』で終わらせたくない」って言ってました。その通りだと思います。なんかこう、宇多田ヒカルみたいに言うと、「いつもあぶないことばかりしてるから どうしても気になっちゃう」です。ウーゥー、ラブトラップ!!!!!