please_hitme

無慈悲!無慈悲!

傷ついたとて伝えない

相手に負担を与えるからかもしれないから。


・「人の言動で傷がつく」ってことは、非常によくある話だと思う。それがどんな状況であれ、どんな言動をしていたとして、人と人が関わる以上、それは普通の話のように思う。
 例えば、会話だったら、単に時間を費やすための会話や、その人とコミュニケーションをとる為の会話、会話を成立させるというゲームのような会話、自分の意思や思ってることを伝えるという手段での会話。そのどれもが人を傷つける手段にはなり得る。けれど「傷つきました」という内容の話は、どんな会話であれ非常に扱いに困る。相手を傷つけてしまう可能性が高いから。自分の中での正しさを相手にぶつける必要があるから。「人を傷つけたい」という自分に自覚的になってしまうから。
 何より、相手が冷静になってくれない場合が多いから。相手の意図もあるだろうし、それを察さないといけないし、それを聞かなくてはいけない。自らが傷ついて、あまり冷静でいられない中で。


・単に事実を指摘しようとしても、「あなたがした行動で、自分が傷ついた。あなたにこういう意図があったかもしれない。でもそれは私には察することしかできない。」とかそこまで考えて発言しないといけない。加えて、相手にも依るけれど、そこからの返答によっては「言い訳」と捉えてしまったりする。「あなたはそこまで考えていなかったはずだ」とか。「私はここまで考えて発言しているのに、なぜあなたはそのことを分かってくれないんだ」とか。大抵そういう時は、「人が自分とは違う人間で、違う考えを持っていて、神経を使う部分が異なる」という点を自分が踏まえられてない場合が多い。自分が平常でいられない。
 そもそも自分の心が乱されている中で、自分の意見を伝えたあとの相手の返答って、相手の後出しジャンケンのようなものだし。

 加えて「心が乱されている中での発言は相手を必要以上に傷つける」と分かっていると、一度場をやり過ごすことがある。そしてある程度落ち着いてきた中でその傷ついた旨を指摘すると「なんでその時言ってくれなかったの」とかって思ったりする。「その時言ったらあなたに必要以上に感情を出してしまうんだ」と思ったりする。すれ違うねー、人って。


・傷ついたとしても、伝えるのはなんか難しい。どれだけユーモアで自分の発言を塗ろうとしても、濡れなかった、透けている部分が見える。「ユーモアで隠す」という行為で、自分が未熟だから。さらに、傷ついたとしても、伝えないのはなんか悲しい。「傷ついた」と言う時点で相手に向き合ってることは、大人になってから分かるからだ。言わない、という選択肢は、相手に対してというより自分に向き合うことになるよね。


・人は元来孤独なものだし、人より自分と向き合う方が正解なのかも。
 自分と向き合うから傷ついたことを伝えない、という行動は、相手にとってもそう解釈してもらえるのだろうか。そのためには傷ついてることを相手に気づかれないようにする必要が出てくる。...むずくない?! 伝えよう!