「ファンタビ見たよ」

今まで上手く話せなかった同期が言ってくれた。

 

・同期の第一印象は「あぁ、自己を確立させている人だなぁ」という人だった。人との会話を相互理解、考え方の共有ではなく、コミュニケーションとして成立させられる人だなぁ、とか感じた。正直な所、その性格が凄く羨ましかった。もっと言えば、自分に対して向けられた不快感に「まぁ、そういうこともあるよね」とか「はぁ!? 腹立つ!」って素直に思える人のように感じた。同期には、何を聞けばいいのか、何を話したら、場が盛り上がるのか、全然わからなかった。(普段分かる場面もそんなに無いんだけど。)

 私が聞いた質問と言えば「最近何が印象的だった?」とか「今期何見てる?」とか。全然会話続かなかった。ごめんよ。

 

・そんな同期が、先日二人で会話した時のこと「ファンタビ見たよ」と言ってくれた。会話は「登場人物が覚えられない」とか「話が難しい」とかそういう発展をした。

 会話の内容よりも、私が映画を好んで見ることを覚えてて「多分次会話をする時はこれを話そう」とストックしてくれてたんだろうなぁ、と思った。共通項を探してくれていた。純粋にそれが嬉しかった。話の内容より、会話をしようとしてくれてたことが嬉しかった。事実より、そこに至るまでの過程が嬉しかった。

 次に話す時も、なんか今までよりちょっと話せるような気がした。

 

 

・上手く話せない人、っているじゃないですか。決めつけ方がギャルみたいになってしまって申し訳ないんですけど。多分、人によって人数の差はあれど、皆さんいると思うんです。

 もっと言うと「この人とどう会話したらいいかわからない」とか「『私のことを値踏みしてる』って話してて感じる」とか。さらに言うと「気持ちが自己完結してる人」とか「『私が話したことを全部意図してない方向に受け取ってる』って話してて感じる」とか。

 自分に対して悪い印象を持ってる人と接すると、気づくことが多い。「自分に対してマイナス意見をくれる人は大事にした方がいい」という言葉は、その通りなのだ。確かにそう感じるけれど、自尊心が低い状態だとその言葉は上手く受け取れない。というより、どう反応すればいいか、返し方に困る。

 相手が自分に対してマイナスのイメージを持っていることが分かると、私はあなたを傷つけてしまったのだ、不快な思いをさせてしまったのだ、と思ってしまう。「悪いことをして、ごめんなさい」のような、子供の気持ちに戻る。子供の時より、今の方がそう思ってる気がする。

 同時に、言い返したい、言い訳したい、と思う。「俺にはこういう意図があったんだ」って。「今じゃなくて、二人の時に言ってくれよ」って。「なんであの時言ってくれなかったんだ」って。これは昔と変わってない。

 ここまで来て、あぁ、私は怒ったんだな、傷ついたんだな、って思う。

 

・以前知人が「自分が怒った瞬間は、自分のことに気づけるから、ちょっと楽しい」と言っていた。私自身が、自分の感情が動くことを面倒だな、と思っていた矢先のことだった。自分の感情が動く瞬間は、楽しいけど、面倒くさいのだ。多分、扱いづらいから。もっと言うと、助けられてしまうから。もしくは逃げられなくなってしまうから。同時に、責任が生じるから。最近生き物や花を育てたい。大事なことだと聞いた。けれど責任を背負いたくない。都合がいい。

 ニュートくんは凄い。